文化のデザイン、三宅一生デザインの<希望> 講演抄録

青山学院大学総合文化政策学研究科は去る7月16日、本学青山キャンパス近くの青山学院アスタジオにて、「文化のデザイン、三宅一生デザインの<希望>」と題する小林康夫特任教授による研究科主催講演を行いました。

(講演要旨)

世界的ファッションデザイナーで知られる三宅一生(イッセイ)さんは、研究対象などという言葉を大きく超えて自分にとって、とても特別なかけがえのない人。イッセイさんの生き方そのものを尊敬しているし、感動もしている。イッセイさんを、今日のここでの講演テーマにしたのは、青山学院大学総合文化政策学研究科の「過去を研究し、現在を分析し、未来をデザインする」という研究科としての教育ポリシーに、これほどふさわしい人はいないと思ったからです。

イッセイさんのすごいところは、彼のデザインを世界中の人が喜んで受け入れていて、高いグローバル性を持つにもかかわらず、そこに日本の文化がちゃんと残っていて、日本を伝えている。これこそが我々が学んでいかねばならない文化政策の基本なのだと思います。

なぜイッセイのデザインは世界に通じるのか? それはイッセイさんのデザインには思想があるからで、「今まで誰も見たことがないものを産む」というパッションで貫かれているからです。人間は保守的にできていて前例を踏襲したがります。しかし、イッセイさんは本当に新しいもの、誰もみたことがないものを、一途に、半世紀にわたって求め続けてきた。

 イッセイさんをそうさせたきっかけは、修行先のフランス・パリで出くわした1968年「五月革命」だと言われています。当時、オートクチュールデザイナー、ギ・ラロッシュのアシスタントをしていたイッセイさんは、「ブルジョワのために高い服を作っていていいのか」と疑問を抱く。そして日本に帰国した彼がしたことは、徹底して「服とはなにか」を調べ、考え抜くことでした。学生服から、作業着の服、田舎のおばちゃんの服まで、ありとあらゆる服を調査したのです。

 そしてあるときイッセイさんは、とび職人の全身に刻み込まれたTattoo(刺青)を見て「本当にすごい!」と思うわけです。そうです。そのとき彼には、Tattoo(刺青)が服にみえた。つまり身体を覆う皮膚こそ、つまり人間の1枚の皮こそ、究極の服だと思い至るわけです。

 no1

ここで我々が学ばなければいけないことが2つあります。

1つは、新しいものをつくる、生み出すという覚悟。そして、

もう1つは、差別なき、区別なき目=まなざしです。差別なきまなざしであったからこそ、Tattoo(刺青)が服の原点だと見極めることができたのです。これは誰にもできるようで誰にもできることではない。

 no2

「1枚の布」のデザイン思想。これはヨーロッパのファッションの中心にあった立体裁断とは真逆の思想でした。一枚の布をまとうことで、服と身体の間に空間が生まれてきて、自由が広がる。ファッション界にとってまったく新しい服の誕生である一方、日本の伝統文化である着物を想起させる。新しいのに、見たことがある。単に奇抜な「新しさ」ではなく、本質的な「問い」を内包しているところがイッセイさんのすごさなのです。

 

イッセイさのすごさは、そのくらいでは留まりません。

自分さえも改革してしまったのです。

1980年、 Plastic Body

 no3

イッセイさんは、片方からもう片方へ振り子が振れたように一枚の布と正反対のPlastic Body を発表します。そして、そこからほんとうの飛躍が起る。それが、Pleats Pleaseです。

 no4

1988年  Pleats Please

ポリエステルの素材といい、あの原色の色遣いといい、わたしにもショッキングでした。人類はこれから無重力の世界にいく。時代の転換、あたらしい時代の幕開けだ、と圧倒されてこんなことを書きました。

 

「いや、ただ単に、その多様な意味において『軽い』服を発明したというだけではない。同時に、かれは『軽い』肉体とも言うべき新しい肉体を発明したのである。根本的に大地との関係において規定され、大地の重力に拮抗しているような『重い』肉体に対する『軽い』肉体。あたかも無重力空間に投げ出されたかのように浮遊する『軽い』肉体。原始的な官能の重さに傾いていくのではなく、むしろ無償の戯れに遊ぶような新しい未来的な肉体。」 小林康夫(1995), 『身体と空間』, 筑摩書房, 1995/11. より。

 no5

 

「そう、《プリーツ・プリーズ》をまとうあなたは、遠い《未来》をまとっているのでもある。」 上掲より。

 

でも、この未来の服って、たとえばわれわれがよく知っている「提灯(ちょうちん)」みたいに見えませんか?新しいのに、見たことがある。これがイッセイさんのすごさです。

最後に付け加えておきたいのは、イッセイさんの服は、一部のブルジョワのためではなく、人々(people)に対してデザインされているということです。

服をデザインして人々に届けるという厳しい道を、1970年頃からずっとやり続けているのがイッセイさんです。一貫してブレることなく歩き続ける人。イッセイさんに一切の妥協はありません。イッセイさんのなかに、私は「風」を感じます。どこまでも動き続ける自由な風。自由という厳しさをやり続けている人。自由の革命家、そのオマージュを言葉にすると次のようになります。

 

動きつづける風

未来から吹いてくる風

無の風

巻き込み、巻き込まれ、渦となって。

風、それは感覚、動きつづける感覚

わたしのものでもあり、わたしのものではないその動きにまかせること、

そしてそれが搬んでくれるもっとも「遠く」にまで行くこと、その度ごとに。

その風を構造化せよ。それが現実への道。

だから、風をこそ、形にせよ。

 

ご清聴ありがとうございました。              

以上

 

【当日講演ビデオ】 は こちら

 

当日講演会概要

https://www.sccs.aoyama.ac.jp/archives/1543

 

小林康夫(こばやしやすお) 青山学院大学総合文化政策学研究科特任教授。

東京大学大学院人文科学研究科で博士課程を修了後、パリ第10大学で博士号を取得。東京大学教養学部教授、東京大学評議員、グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」拠点リーダーなどをつとめられたあと、2015年に東京大学を定年退職すると同時に青山学院大学総合文化政策学研究科特任教授に就任。東京大学名誉教授でもある。